
妹を統一協会から脱会させてくれた高澤牧師の、4回目の供養をしました。
これまでのいきさつは、こちらです。







高澤牧師の供養と会話、4回目
【高澤牧師】どうしているかと言いますと、私はこのままここでずっと暮らして行くのかと思うようになりました。
というのも、ここの暮らしがまあまあいいのではないかと思うからです。
【私】そうですか。
足ることを知っていらっしゃるのは、いいことなのかもしれません。
そうでしょう。
それが私の生きる道と言いましょうか、どうでしょう。
前回の会話を読ませていただきましたら、どうしても進まなければという気持が突き上げてくると言われていましたが、その感覚はどうなりましたか?
私にとっては良いことなのかどうかがわからないのです。
なるほど。
この世の人と同じですね。
そうなのですか。
はい。
心の中から突き上げてくることは、抑えなくてはいけないことなのか実行した方がいいことなのかがわかりにくいですね。
そうなのです。
今は霊になっていらっしゃるのだから、抑える必要はない方が多いと思いました。
そうなのですか。
はい。
霊の世界は本当しかない世界なので、この世のようにうそはないと思っていた方がいいのではないかと思います。
そうでしょうか。
うそがあるような感じがしますか?
それは、心の中にうそがある人ばかりのところにいるからではないかと思います。
そうですか。
私の心がうそにまみれているようになったのは、ここに来てからかもしれません。
そうですか。
あなたは同情してくださいました。
はい。
あなたのような人がここにはいないから、私はうそを言うことが自分にとって必要だと思うようになったのです。
人のせいにしてはいけません。
もしも、うそを言うことが苦しければ、言わないのですから。
そうですね。
私を思って来てくださる人達はどうなったかが聞きたかったのでしょう。
そうでした。
どうしましたか?
私は断る術を身につけようとしましたが、どう言ったらわかってくれるのかがまだよくわかりません。
でもだめだとは言うようにしました。
今いる世界はうその多い世界なので、物事がうまくいかなくてもそれで仕方がないと思っていていいのではないかと思います。
そうですか。
高澤様は、一生懸命すぎたのかなと思います。
そうでしょう。
単純明快なことだけを理解できるような人間です。
そうなのですね。
今はこの世も複雑で繊細になってきました。
今ニュースになっているのは、保育園で虐待があったということです。
そのニュースを見ながら、お年を召した人達は、そんなことは昔は日常茶飯事だったと思っていると思います。
そうなのですか。
世の中全体が、荒っぽかったのが繊細になって洗練されてきています。
そうでしたか。
人もそうやって成長していくものだと思います。
今いらっしゃるところは、荒っぽいところだから荒っぽい人達がいるのでしょうが、ご自身が繊細になって洗練されてくれば、そういう人だけのところに自然に行くことになりますよ。
だから、周囲の人に同調しないようにした方がいいと思います。
そうですか。
それで、断るようになったのですね。
そうですが、それでいいのかどうかがよくわかりません。
よくわからないのは、どこがわからないのですか?
私を思ってくれている人を、拒否するのがいいことなのかどうかです。
相手の人にとってどうなのかと考えるといいと思います。
相手の人にとっては、どうした方がいいと思われますか?
私を思って来ても私から拒否されると、どこへ行ったらいいのかがわからないと言います。
それでは、そのような人を探してみたらどうですか?
霊界では、何か求めるとすぐに人が来てくれると思います。
そうなのですが、どんな人かがわかりません。
来てもらった人をご自分で選べばいいのではありませんか?
そうですか。
そうします。
そうして、この人に聞いてくださいと言ってあげるといいのではないでしょうか。
それで良くなかったら、また別の助けを呼んでみて、信頼できる人を探すといいのではないかと思いました。
そうですね。
やってみます。
あと何か、心に引っかかっていることはありませんか?
この世で生きていた時のご両親の問題とか、執着を感じることとか。
私には知らない人と一緒にどこかに行くということが良くないという気持があります。
それが引っかかりなのですか?
私と一緒に来るかどうかと聞いてくる人が時々現れるのですが、それを拒否していたらいけないのでしょうか。
その人が魅力的に見えたら、行けばいいのではないでしょうか。
それが迎えの人かもしれないと、何度も思いました。
迎えの人だったら、安心感を持つと思いますから、そんなに悩まないと思います。
知らないのに知っているような人なのではないかと思います。
そうなのですか。
それでは、今まではそれで良かったのかもしれません。
そうかもしれません。
これで今のところにずっといようという気持はなくなりましたか?
私にはここにいてもいいことはないと思えるようになったかもしれません。
そうだと思います。
-カウンセリング-
【高澤牧師】私にこうして教えてくれる人がいたことが、有り難いことだと思います。
【私】そうですか。
ご縁というのは不思議です。
私の母が、高澤様に代金を一切支払っていないと言いました。
これが代金と言ったら失礼ですが、こうして助け合ったり持ちつ持たれたりしながら生きていくものだなあと私も思います。
そうですか。
私はあまりたくさんの人とは関わらないタイプなのですが、こうした形ではお話することができて良かったです。
有り難いことです。
こちらこそ、ありがとうございました。
それでは、またしばらくしましたら様子をうかがいたいと思います。
はい。
本日は、ありがとうございました。
どうもありがとう。
「亡き音楽家の供養と会話」でもそうでしたが、生前に人に囲まれていた人は、霊界でも人のことがとても気になるのだなあと思いました。

精神的な進歩は自分個人のことなのに、人が中心のようになってくること自体が、主客逆転していて良くないのかもしれません。
これを言えば良かったかもしれませんが、供養が終ってこの記事を書いている時に気づきました。
画像は、公園で咲いていたツワブキです。