神社仏閣

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日吉神社の祭神、大山咋命とは誰のことか

神社に近づき由緒書きがあるのを横から見て、大きく山王(さんのう)と書いてあると思いました。ところが、側まで行ったら山王ではなくて日吉(ひよし)神社でした。山王と日吉じゃ字が全然違うけど、ご祭神は同じで大山咋命(おおやまくいのみこと)です。
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行方不明の父を、須佐之男さんが助けてくれた?

1年前に関西から湘南へ引っ越して来た両親は、調子良く楽しそうに毎日を過ごしています。けれどもついに認知症の父親が、湘南では初めて行方不明になりました。
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「共に歩もう」と伝えてくれた須佐之男さん

祈り始めるとすぐにウルウルきて、祈りが途絶えながらになりました。
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六孫王(ろくそんのう)神社からお呼ばれ?

祈りの中でしのぶさんのことをぼんやりと考えていたら、急に「ろくそんのう」と思いつきました。すると行きたくてたまらなくなって涙が流れて来ました。
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武蔵御嶽神社に参拝しました

犬のナッツと一緒に、東京都青梅市の武蔵御嶽(むさしみたけ)神社へ出かけてきました。
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源義朝の高砂百合が消えた

そろそろ藤沢市石川の佐波(さば)神社で高砂百合が咲くかなと思って、車で前を通るたびにチラチラと見ていましたが、全然咲いていませんでした。
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須佐之男さんがスミレの種をくれた?

朝、急に小動(こゆるぎ)神社へ行きたくなったので、須佐之男さんが呼んでくれてると思って行って来ました。
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出雲伝承とは

島根県の熊野大社は、出雲国一の宮です。 熊野大社の祭礼の時には、全国から出雲族が集まって各地の出来事を報告したそうです。 この情報が、出雲では今現在まで口伝で伝承されています。
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藤沢市石川の佐波(さば)神社に参拝しました

あちこちで高砂百合が咲いているので撮影したいと思って、藤沢市石川の佐波(さば)神社に参拝しました。ご祭神は、源義朝(みなもとのよしとも)で、源頼朝や義経の父です。
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出雲大社相模分祠に参拝しました

出雲大社相模分祠が秦野市にあることがわかって、行ってきました。 車で高速を使って、40分で到着しました。 いいお天気で、すごく暑かったです。
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平塚八幡宮と平塚総合公園

平塚八幡宮はいつも通りだろうと思っていたら、今までよりもいい感じでした。 涙ぐみ。 平塚総合公園ははじめてで、すごく良かったです。 この公園を知らなかったのが残念でした。
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八王子の子安神社、八幡八雲神社、長池公園

八王子の子安神社に参拝しました。 ウルウル来てすごくいい感じでした。 八幡八雲(はちまんやぐも)神社に着いて、車を降りて歩き始めたら、左足の付け根が痛みました。 ナッツと一緒に八王子の長池公園に行ったら、すごくいい公園でした。
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大山寺、大山阿夫利神社

犬のナッツと大山(おおやま)に行ってきました。大山寺と大山阿夫利神社に参拝しました。
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高尾山薬王院

犬のナッツとリフトに乗って、高尾山薬王院に参拝してきました。
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相模原の麻溝(あさみぞ)公園、亀ヶ池八幡宮、川尻八幡宮

5月の連休中に、相模原の麻溝(あさみぞ)公園、亀ヶ池八幡宮、川尻八幡宮へ出かけてきました。
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出雲伝承によると、東北の安倍一族は出雲族だった

安倍王国はさらに北へ北へと追われ、国名を「日高見(ひたかみ)国」「日之元津(ひのもとつ)国」「日本之(ひのもとの)国」「荒覇吐(アラハバキ)王国」などと変えたのを、大和朝廷が「日本」と真似ました。これが日本の国名のはじまりです。
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出雲伝承による神武の東征。それが海幸彦山幸彦のお話にされました

兄の五十猛の子孫(海部氏、尾張氏)と弟のヒコホホデミの子孫(物部氏)が関西で争って、物部氏が勝って大王になったことをおとぎ話にしてあります。海幸彦は海部氏のこと、山幸彦は物部氏のことです。
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出雲伝承によると、桃太郎とスサノオが退治した鬼とヤマタノオロチは出雲王国のこと

吉備王国の出雲侵攻がはじまり、出雲は滅ぼされました。この時の吉備津彦の出雲攻めが、桃太郎の話になりました。桃太郎が征伐した鬼というのは出雲のことです。
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出雲伝承による、八坂神社のはじまり

海部氏が、先祖のスサノオとイソタケ(五十猛)を祀りました。これが姫路の広峯(ひろみね)神社のはじまりです。広峯神社から綾戸国中(あやとくなか)神社、梛(なぎ)神社を経てだったと思いますが、京都の東山へと神霊が移されました。
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葛城と三輪山を中心としたヤマトに、丹波勢と出雲勢の連合王国が成立

徐福(スサノオ)の子である五十猛(イソタケ、カゴヤマ)の子の天村雲(アメノムラクモ)は、数年かけて丹波の人々を葛城周辺へ移住させ、出雲族よりも丹波の人々が多くなったので初代ヤマト王になりました。
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出雲伝承による、大神神社のはじまり

出雲から三島(高槻市)、葛城へと移住した事代主の子のクシヒカタは、出雲の太陽の女神と父の事代主(大物主)を三輪山に祀りました。これが大神(おおみわ)神社のはじまりです。
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出雲の伝承によると、天皇は物部氏

徐福=スサノオ=火明=饒速日(ニギハヤヒ)です。徐福の北九州の妻の子がヒコホホデミで、物部(もののべ)氏の先祖です。天皇は、ヒコホホデミの子孫で物部氏です。
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出雲大社宮司家は、大国主と事代主を殺し出雲大社を乗っ取った

徐福(スサノオ、ホアカリ)は丹後にいた時に部下の穂日(ホヒ)に命じて、大国主(8代オオナムチの八千矛(やちほこ))と事代主(8代スクナヒコの八重波津身(やえなみつみ))を同時に暗殺しました。穂日の子孫が、今現在の出雲大社宮司家です。

利己的な祈りでは、神仏はなかなか応えてくれない

でもたとえ未熟な人でも、愛する祈りになっている分だけは、ちゃんと反応してくれます。
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神社参拝中の涙は、ご祭神の心を感じています

ご祭神の心を感じさせてあげたいと思われたあなたは、愛に満ちて純粋な祈りを捧げたに違いありません。
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スピリチュアルは生きて行く上で一番学んでいきたい大切な事

スピリチュアルは生きる上で一番学んでいきたい大切な事だからこそ、それが学べないように誘導している存在がいます。
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八幡宮の祭神は間違いと宮司さんが嘆く「宇佐家伝承 古伝が語る古代史」

本来の祭神は、誉田天皇と神功皇后ではなくて、応神天皇と常世織姫命だということです。
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大神神社の祭神、大物主は誰か。出雲古老の伝承。

出雲先住民の一部は渡来集団との供住を嫌って、ヤマト国のカツラギ地方(今の御所市付近)に移住した。
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神社で涙が止まらない体験談

その時、神はその思いをこちらの心に満たして共有させて感じさせてくれますから、至福の状態になっています。
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神仏とのテレパシー

神仏の感情は何かものすごい輝きのようで、高貴で、優しく、温かく、憐れみ深く、安らかで、その神々しさ、繊細さ、快さに耐えきれなくなって、ただ涙が流れるしかなくなってしまいます。
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