
今年の3月に、チワワのナッツが16歳で亡くなりました。
亡くなってからも、霊のナッツとのやり取りはずっと続いています。
生きていた時よりも穏やかに
亡くなってからのナッツは本当に幸せそうで、肉体的な制限が多くて苦しいこの世に戻ってほしいとはとても言えません。
でも私としては、思い出した時にしかナッツの存在を感じられなくなったので、この世でいつも側で見ていられたのは、特別で幸福な時間でした。
いつもその時にはあれこれと他にやることがあって、貴重な時間に気づかずに過ぎてしまうものですね。
ナッツが亡くなってから5ヶ月位すると、ナッツを呼んでも、あまりスッと来なくなりました。
霊のナッツをこの世に呼ぶのが良くないのかなと思って、私が死んだ後に霊界で過ごす場所での散歩をイメージしたら、それが良さそうでした。
私とご縁のある霊界の場所にナッツを呼ぶと、ほとんど縦回転しながら大喜びでやってきてくれました。
とある街角のカフェのテーブルです。
でも、歩こうとしても歩けませんでした。
私はまだこの世で生きているので、制限があるのかなと思いました。
しばらくの間そうして、霊界の私のテーブルにナッツを呼んでひざに抱いてなでていましたが、それもまたすんなり来なくなったので、私がナッツのところへ行くことにしました。
ナッツはトンネル状になったヤブの中を住処にしていて、トンネルの奥の出口は崖になっています。
その崖から、ながめを楽しんでいます。
こんなところ怖くないのかなあと思いましたが、霊は落ちることがないので大丈夫なようです。
私が行くと、トンネルのどこかにいて喜んでくれます。
トンネルにいない時は、遠くからやって来たり、私が探しに行くとやって来たりします。
今は毎日、こうしています。
この方法で落ち着くかな。
ナッツが亡くなってから半年以上になりましたが、結局ほぼ毎日2回程度、散歩の時に思い出して呼んで可愛がっています。
ナッツは、生きていた時よりも穏やかになりました。
ほんのわずかな時間を、喜んでいるからかもしれませんが。
友達がいたことがありました。
ジャックラッセルテリアでしたが、今、画像を検索して見たらその子よりも勇敢そうに見えました。
ナッツの友達は、もっとのんびりした感じの性格でした。
似たもの同志なのかな?
猫のあわちゃんを見ていると、愛された経験が素晴らしい性格を作っていることがよくわかるので、これからもずっとたくさんナッツを愛してあげたいと思っています。
画像は、公園で咲いていた高砂百合です。











