自分と他人が別々なのは、見た目に惑わされている

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自分の体と他の人の体は別々だから体の表面には境界線があり、完全に別々の存在だと思っているでしょうが、それは見た目に惑わされています。

 

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誰もが本来ひとつ

人の体は別々でも、霊体はそうじゃありません。

 


霊体は、気体のような感じです。

お互いの境界をすり抜けて、ひとつになることができます。

2人だけでも何人でもできるようです。

誰もが本来ひとつなのだと思います。

 


この世では物質の形になって、個別という設定で学べることを学んでいるんでしょう。

遊んでいると言ってもいいと思います。

苦しみも3次元にしか存在しないので、そういう学びと遊びをしているようですから。

 


ひとつになると、心や感覚もひとつになります。

相手の気持や感覚が、自分のこととして感じられます。

 


神社仏閣や供養で祈った時には、神仏や霊が祈られてうれしい気持や感覚を知らせたくて、相手からひとつになってきます。

それがいつも私が祈りの報告として書いている、喜びの涙や、心や体の様々な快適さとして感じられることの原因です。

 


これは快適な感覚ですが、不愉快な感覚を持つ霊的存在と波動が合ってひとつになってしまうと、相手の不愉快さが心や体で自分のこととして感じられてしまいます。

先祖が成仏していないとこの世の人が苦しむのは、こういうことです。

 


不愉快な感覚を持つこの世の人と波動が合ってひとつになってしまっても、やはり相手の不愉快さが心と体で自分のこととして感じられてしまいます。

それが人疲れとか人酔いということになります。

敏感な人は、霊がひとつになるということを日ごろから感じているのですね。

 


自分は自分の体の中にいるだけじゃない、普段から霊として他の存在とひとつになったり戻ったりしています。

 


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