公園で咲いていた、ミソハギです。
私は、カルマ浄化の祈りを皆さんにお伝えしています。
持っているカルマを浄化しようとするので、祈りをはじめるとカルマが出てきます。
心に蓋がない人は、祈りのはじめが一番大変で、その後はだんだんと色々なことが良くなっていくという傾向です。
インナーチャイルドをかかえて心に蓋がある人は、ずっと大変さが続く感じです。
というのも、心の蓋というのは心の汚れなので、浄化のエネルギーは蓋を洗い流そうとするからです。
何も執着がないのが人として良い状態で、心の蓋は心の内に隠しごとをして偽りの自分でいたいという執着に他なりません。
何も執着がない状態からすると、あらゆる執着はカルマで、悟っていないこともカルマです。
カルマというのは、自然と調和しないことだからです。
ですから、カルマ浄化を進めて行くとすべての執着が浄化されて悟りに向かいます。
浄化を進めれば進める程、心の蓋を洗い流そうとする力が強くなって行きます。
この浄化のエネルギーに抵抗すると、葛藤に耐えられなくなって病気になります。
心の浄化をしたくても、心の傷が深くてどうしても蓋を取る準備ができなければ、蓋はそのままにしておいて学びだけを深めていけばいいと思います。
学びがふえて、様々なことに納得が進めば、心の納得が進んだ分だけは浄化しても大丈夫になります。
浄化というのはカルマ浄化だけではなくて、インナーチャイルドワークのようなものも浄化になります。
今このブログを読んでくださっている方の中には、こういうタイプの人も多いと思いますし、それも私がこのブログを書いている理由のひとつです。
それでもどうしても蓋を開けるところまで行けなかったら、浄化をあきらめてもいいと思います。
それは今生ではアセンションしないで、来世に期待するということになります。
その時には地球は波動が上がっていて、地球には生まれられないので他の星に生まれるのかもしれません。
でもこんなブログにご縁のあったような人は、自分には可能性があることを魂レベルで理解していて、波動を上げる可能性をつかみたいと思っているのではないかと思います。
そういう人が死ぬまで学び続けていたら、死後の覚醒で浄化ができて、波動を上げることができるかもしれないと思います。
浄化も学びも大切ですが、浄化がどうしても難しい人は、学びを一生懸命に深めて浄化を補って行くといいと思います。
死後の覚醒については、こちらで書きました。
