カルマというのは因果応報と言って自分のしたことが自分に返ってくる、特に良くないことをしたことが良くないこととして自分に返ってくるのがカルマと呼ばれています。
カルマが本当にあるのかが、なかなかわかりにくいですね。
でも普通に考えてみて物事というのは原因がないと起りませんから、上から食器を落としたら割れる、これが因果応報でカルマなんでしょうね。
この物事はカルマだと言ったりするのは、その原因が前世や先祖にあるような場合です。
生まれる前の物事は、今の自分にはわかりませんね。
それに食器なら目の前で割れますが、物事となると目に見えませんからよくわかりません。
でも実際にカルマ浄化を続けてカルマが浄化できてくると、本当にカルマはあったんだなあとわかるようになってきます。
カルマはカルマが浄化できてから、あったことがわかるようになっています。
自分がその点について未熟だったことが、とてもよくわかるようになります。
カルマ浄化をして、内面の問題の浄化も続けて波動が上がって来ると、何か波動の低いことを考えた瞬間にその結果が訪れるようになります。
よくあるのが、台所で包丁で手を切る。
大体において、刃物を持っている時というのは波動が下がりやすい時です。
刃物は切断するものですから、想念が切断に走りやすい状態です。
自分の外に向かって切断のエネルギーを発揮しやすくて、そうするとそのエネルギーが即時に自分にも返ってきて、自分も切断してしまうということになります。
これが因果応報で、自分の作ったカルマを受けた瞬間です。
波動が上がってくると、刃物を持つと自分を切ることがあまりにも多くなるので、最近は包丁を持ったらひと呼吸おいて意識的に気持を鎮めるように気をつけています。
自分の波動が低いと、作ったカルマが返ってくるのに時間がかかります。
だから次の転生までお預けになっていて、この世に生まれてきてから記憶のない前世のカルマの結果を受けます。
その状態では、自分がなぜこんな目に遭っているのかがわかりません。
でもこつこつとカルマ浄化や内面の問題の浄化が進んで自分の波動が上がってくると、作ったカルマの結果が起ってくるスピードが速くなるので、この嫌なことは自分が作ったのだということがわかるようになります。
他のことがみんなそうなので、理由のわからない物事ももうどこかで自分が作ったに違いないと思うようになります。
自分に都合の悪いことが起ったら、それは一瞬前や少し前に自分がやったことが原因だということが、ありありとわかります。
そうなれば、もうすでにある程度カルマ浄化が進んでいるのだろうと思いますし、さらにカルマを積むようなことはしなくなるしできなくなります。
写真は、公園で咲いていた梅です。