出雲口伝

出雲口伝

出雲口伝で隠されている重大なこと

その内容は、あることに詳しい人だけにわかるように書いてあり、私はその内容にちょっと詳しいのでわかりました。
出雲口伝

出雲口伝、徐福が須佐之男、天火明、ニギハヤヒ

徐福が秦(しん)から連れてきた人は5千人ほどいたので、現代のほとんどの日本人に徐福集団の血が流れていると言っても過言ではないという話も印象的でした。
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出雲口伝とは

島根県の熊野大社は、出雲国一の宮です。熊野大社の祭礼の時には、全国から出雲族が集まって各地の出来事を報告したそうです。この情報が、出雲では今現在まで口伝で伝承されています。
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出雲口伝によると、東北の安倍一族は出雲族だった

安倍王国はさらに北へ北へと追われ、国名を「日高見(ひたかみ)国」「日之元津(ひのもとつ)国」「日本之(ひのもとの)国」「荒覇吐(アラハバキ)王国」などと変えたのを、大和朝廷が「日本」と真似ました。これが日本の国名のはじまりです。
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出雲口伝による神武の東征。それが海幸彦山幸彦のお話にされました

兄の五十猛の子孫(海部氏、尾張氏)と弟のヒコホホデミの子孫(物部氏)が関西で争って、物部氏が勝って大王になったことをおとぎ話にしてあります。海幸彦は海部氏のこと、山幸彦は物部氏のことです。
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出雲口伝によると、桃太郎とスサノオが退治した鬼とヤマタノオロチは出雲王国のこと

吉備王国の出雲侵攻がはじまり、出雲は滅ぼされました。この時の吉備津彦の出雲攻めが、桃太郎の話になりました。桃太郎が征伐した鬼というのは出雲のことです。
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出雲口伝による、八坂神社のはじまり

海部氏が、先祖のスサノオとイソタケ(五十猛)を祀りました。これが姫路の広峯(ひろみね)神社のはじまりです。広峯神社から綾戸国中(あやとくなか)神社、梛(なぎ)神社を経てだったと思いますが、京都の東山へと神霊が移されました。
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出雲口伝による、大神神社のはじまり

出雲から三島(高槻市)、葛城へと移住した事代主の子のクシヒカタは、出雲の太陽の女神と父の事代主(大物主)を三輪山に祀りました。これが大神(おおみわ)神社のはじまりです。
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