公園で、小紫の実がなっていました。
不幸に慣れた人は、相手から不幸を引き出すのが上手です。
不幸な家庭での振る舞い方しか知らないので、無意識に不幸になる振る舞いをしてしまって、相手の欠点を引き出します。
私はモーツァルトが好きなのですが、モーツァルトは神童と呼ばれて小さいころから父親に演奏旅行に連れ回されていました。
たぶんそれが原因で、現実的な感覚が不足した性格になったのだろうと思います。
元々芸術家タイプの人は性格が非現実的なのが、一層強化されたのではないかなあと思います。
それで現実的な性格の父親と考えが合わなかったのですが、それは父親の育て方にも原因があったと思います。
モーツァルトの妻もまた非現実的で良妻とは言えないような人だったのですが、その妻はモーツァルトの死後には落ち着いた性格になった様子です。
妻の非現実的な性格を引き出したのは、モーツァルトではないかなあと思います。
こんな風に、同じ人でも相手が変ると性格が変ります。
生んで育ててくれた親から虐待されたり、ののしられたり、愛情をかけられなかったり、尊重されなくて自信を持たせてもらえなかったり、人間関係が下手な親で人間関係を教わることができなかったり、支配とコントロールが強かったり、親から頼られすぎたり、様々なことで過剰や不足があって不健康な生活を強いられてきた人は、その環境に慣れ親しんでいます。
不健康な家庭環境にふさわしい考え方や生き方や態度を身につけて、生きることに対応しています。
それはもう生き抜くために、ただ与えられた環境に適応することに必死で、他のことを考える余裕はなかったと思います。
暴力を受けて育った人が、暴力を受けるのが普通の生活の仕方が身についているので、恋人や結婚相手を暴力を振るう人にしてしまう。
だらしない親に育てられた人が、だらしない人との生活の仕方が身についているので、恋人や結婚相手をだらしない人にしてしまう。
愛されないで育てられた人が、愛されないのが普通の生活の仕方が身についているので、恋人や結婚相手に愛されなくなってしまう。
暴力を受けたから、だらしない親だったから、愛されなかったから、自分は平和できちんとして愛のある生活をしたいと思っても、平和な生活の仕方やきちんとした生活の仕方や愛のある生活のしかたをしたことがないので、現実の行動が伴いません。
それでしっかり意識せずに自分にとって自然に行動していると、いつの間にか自分の得意技を使ってしまいます。
自分を尊重しないで卑下することで、相手を暴力的にしてしまいます。
何でも言われる前からやってあげて、相手をだらしない人にしてしまいます。
適度な愛情表現ができずに重すぎたり軽すぎたりして、相手を愛情の重すぎたり軽すぎたりする人にしてしまいます。
こういうのが不幸体質とでも言えるかもしれません。
いつも同じことになる感じがしたら、自分がその物事を引き出しているのかもしれないと考えてみましょう。
大体の場合、その原因は生まれ育った家庭の中にあることが多いと思います。
誰にとっても生まれ育った家庭が普通だと感じているのだから、なかなか何が普通でないのかが自分ではわかりにくくなっています。
このようにして子供のころの普通でない生活で傷ついた心が、インナーチャイルドです。
インナーチャイルドは、日常生活の中で何か生きづらい、しんどい、振る舞い方がわからないなどのちょっとした不快感によってその存在が感じられます。
心の傷、心のゆがみなどと言っても構いません。
インナーチャイルド、心の傷、心のゆがみなどは、執着となって精神的霊的な進歩を阻み、強く働くと自分自身や人間関係を壊すエネルギーになってしまいます。
精神的霊的な進歩を望む人は、インナーチャイルド、心の傷、心のゆがみに誠実に向き合う必要があります。
精神的霊的に進歩するということは、一切の執着がなく完全に心を開いて一切の力を抜いて、川の底まで透けて見えるようなありのままの心の状態になることだからです。
それが本当の自分です。
インナーチャイルド、心の傷、心のゆがみは執着で、心を閉じることで、いつも力を入れていることなので、自分の本当の気持に従うことを習慣にしていると必ず壁として目の前に表れてきます。
この執着を取る作業に取り組むことができるかどうかが、その人の霊的な誠実さや進度を表していると言えると思います。
私が見た感じでは、インナーチャイルドから目を背けていられるのは悟りの手前で水色のオーラまでのような感じがします。
※ インナーチャイルドについては、「内面の問題とインナーチャイルド」カテゴリー をお読みください。
※ オーラの色については、霊界の構造カテゴリー をお読みください。