
見た目にだまされて、自分のことを肉体だと思っている人が多いですね。
見た目にだまされていることは他にもあります。
自分と他者はひとつ、その感覚が愛の源
自分と他者は別の存在だと思っているのが、間違っています。
自分と他者は別々に見えていますが、本来はひとつです。
自分と他者はひとつ、その感覚が愛の源です。
これが本来の自分なので、人は成長するとだんだんと自分と他者はひとつという感覚に近づいて行きます。
ありのままの自分でいるというのも、こういうことです。
愛するというのは、他者に対するものというよりは自分に対することです。
だから、だんだんと愛に大きな価値を感じなくなります。
空気のようなものと感じられます。
空気のように大きな価値あるものとも言えるかもしれません。
孤独なのは、本当の自分から遠く離れているからです。
自分と他者を分離して見ていたら、自分を誤解して本当の自分になれていません。
これは神の創意工夫にだまされているわけなので、してやったりなんですが、ここから本当の自分を見つけて神に回帰するのを楽しむかくれんぼをやっているようなものです。
3次元は最も神から遠いところということで、ゲームは始まったばかりです。
苦しみや悪役が登場して山あり谷ありのドラマを経験できるのも3次元の特徴なので、今の苦しみは未来の自分からしてみれば貴重なエンターテイメントです。
あまりにリアルすぎて、魂の危険を伴うアトラクションです。
テレパシーも、みんなひとつだから当り前にできます。
元々別々ではないので、自分のあっちとこっちで連絡し合うのがテレパシーです。
霊になったら、自由に誰かとひとつになれます。
誰かとひとつなのが、霊の当り前です。
霊とテレパシーでつながると、ひとつになる感覚がやってきて本当にいい気持です。
霊たちは、何10人も何100人も、ひとつになって過ごしているそうです。
それが私たちの本当の姿だから今は違うと感じて、孤独になってしまうんでしょう。
本当はみんなとつながっているのに、肉体や人格が分離しているのが自分だと強く信じていると、本当の自分と全然違うので苦しいでしょう。
でもこんなに完全に分離しているように見えるのは、3次元だけのことで、本当はつながっています。
本当の自分に誠実に従うことを追求していたら、だんだんと本当の自分の姿を思い出して、見た目にだまされなくなります。
自分も他者も宇宙も全部自分だとハッキリと実感するのは悟りの後、紺色のオーラになった時ですが、それまでも予感があるので理解できます。
紺色のオーラでは、外だと思っていたものが内になる逆転のショックがあります。
黄色オーラからグリーン色オーラへの変化の時には、物質的な価値観から精神的な価値観への逆転によるショックがありました。
このようにして、本当の自分に誠実に従うことでものの見方が前の段階から否定されて、次の段階へと変化して行くということがくり返されます。
私が話題にしているのは胸から出る魂のオーラのことで、一般的なオーラは下腹部から出ていて感情や気質が表れるもので、色が違っています。
下腹部から出る一般的なオーラはグリーンがバランスの取れた最良の色で、グリーンから離れる程エネルギーとしては不安定です。










