進んでは省みて浄化する、それが人が歩む基本形

20160807-2

公園で咲いていた、エンジュです。

心の中の不要なもの汚れたものを宗教では煩悩と言ったりもしますが、平たく言えば執着のことですね。

何も執着のない純粋無垢な子供だったらいいのかもしれませんが、それでは未熟なままになってしまいます。

人は成熟に向かおうとして、純粋さを失い、執着を身につけてしまうんですね。

子供の純粋無垢さを失わずに成熟することが理想ですが、それが難しいので、昔からいろんな宗教で浄化に励んできたのだと思います。

金銭欲、名誉欲、物質欲、競争欲、支配欲、常識にとらわれる、流行に流される、人の言いなりになる、他者否定、自己否定、これらも執着です。

こうした執着を取り除くには、ひとつひとつのことにていねいに向き合って、自分の中の不自然さに気づいて自然に戻して行くという地道な作業が必要になります。

それが浄化です。

人は成熟に向かおうとするとどうしても執着に流されがちなので、進歩成長と浄化はいつもセットになります。

進歩成長というのは、何かを壊してバランスを失ってから、新しく創造して新しいバランスを実現するという作業になるからです。

進んでは省みて浄化する、それが人が歩む基本形なのだと思います。

今、現実に問題だらけになってどこから手をつけたらいいかわからないというような人は、省みて浄化する作業をしてこなかった人ではないかと思います。

浄化をしない乱暴な生き方が、招いた結果だと思います。

そんなことは学校では教えてくれなかったと思います。

こういうことを教えないのが、学校教育の問題点だと思います。

どうして学校教育が遅々として進歩しないのか、それは闇の組織が・・・・・、やめておきますが、気になる人は 陰謀・闇の組織カテゴリー をお読み下さいね。

なので、どこからでもいいので省みて浄化作業をはじめてみると、何かしら改善されて行くのではないかと思いますから試してみてくださいね。

この作業のサポートは、こちらのサイト のいろいろなメニューでもさせていただいています。