水子霊との会話

20160624

公園で咲いていた、ヤマユリです。

何となく、水子霊の供養の様子をご紹介したくなり、気がついたらお盆でした。

以前にもこんなことがあったような・・・。

2011年夏

供養をしているとのどが締まり、胸に圧迫感がありました。

以下は、相手の方との会話です。

そのようなことが何くれと言っていただけたら、私としては楽しく暮らしていけたと思ったのです。
今までのことは、あなた方の人生上の誤りとして反省していただけたらと思います。
このことが私にとって、大切な節目になりました。
このようなことが今為されていることが、大変に喜ばしいことと感じられました。
今までのことが走馬灯のように行き過ぎて、これからは楽しいことが起こってくるような気がしてきました。
これまでのことがどうしてそのようだったかと言えば、私が為されたことがとてもひどいことだったからです。
ひどいことがあれば良いことがあるということが、本当のことだと思いました。
このようなことが未だに為されて下さったことが、その証拠だと思います。

これがあなた方の世界では当り前のことだと思われては困ります。
このようなことが二度とあってはならないのですから、そう思っていただきたいのです。
このことが◯◯家の汚点であることが言われても良いことなのですが、秘密にされなければならなかったのです。
でも私がこのような気持になったからには、もうあまり気にしないようにしようと思います。
それが、私を思う人の気持が感じられたからです。
人が私を思っていれば、それでいいと思ったのです。
これが◯◯子さんの思いやりであったことが、大変にうれしく感じられました。

あの方が私を思ってくれたことが、どれ程癒しになったか、伝えきれない程のことなのです。

このようなことが実現なされてくださって、私がどれ程感激しているかを伝えなければいけないと感じましたから、このようなことを話しているのです。
このことを良いことだと感じてくださったから、非常にうれしいのです。
あのような方が私のきょうだいだと知ってくださったことが、うれしいのです。
このようなことを今までにやられていたにもかかわらず、私のことは後回しになっていたようなのですが、それでもうれしいのです。
そのことが覚えていただけていたからです。
私のことを覚えていてくださったからです。
私があの方の事を忘れていなければいいと思っていてくれたのが、何よりもうれしかったのです。
人が人を思う心は、どんなに離れていても通じ合うのですから、これ程うれしいことはないのです。
この供養がこのように為されて、私があなたを通じてあの方へ言葉をつなぐことができたのことが、とても楽しく思います。

私がどのように過ごしているかは、あなたがお感じになられたように、霊界の下層部にいます。
私の心は傷があって、なかなか階層を上がることができないからです。
人が言うことが信用できないので、いつも疑っていますから、それではいけないと言われています。
それが私に必要な練習だと言われています。
人が私をだますのではないかと思って、おびえてしまいます。
それが私が次の階層へ進むことをだめにしていると言われてしまいます。
それでもやはり、どうしても私は自分をだめにしてまでもここにいたいと思っているようなのです。
それは自分がどうしても大変な苦労をしてきたが為に、もうそのようなことが起りえないと言われても、やはり信用がならないからです。
人が人をおびやかすのが、人としての当り前のことだと思っています。
人がどうしてご自分のことをさしおいて人を大切にできるのかが、理解しかねます。
それが私にとって、わからねばならないことだと教えられましたが、それはなかなかわからないことです。

人を信用することができるようになるには、このような供養が効果的ではないかとあなたが思われたのがわかりましたが、そうなのでしょうか。
それがわかりません。
それでもあなたはきっとそうなるに違いないと言われたそうなのです。
人が人を信用するようになるには、信用できるような人とつきあうのがいいと思われたようなのですが、それが本当ならそうなるかもしれません。
人をあのようにしてまでも自分の人生を好きなようにしたいと思った人がいたのだから、私が人をうとましく思うようになったのかどうかと考えているのですが、その通りだと言えばそうなのですが、それ以外でもいろいろなことがあったので、嫌になったのです。

これがあなたとの会話を通じてあの方に話されるのですから、残念と言えば残念なのですが、私の正直な気持はこのようなのです。
人が人をどうやって信用できるのかがわからないのです。
人をどうして殺すことができるのかがわからなかったのですから、それがわからないのも当り前ということなのです。
人をどうして思うことができるのかはわかります。
私があの方を思えば、人の心の温かさを感じるからです。
人が人を思うと温かさを感じるので、気持が良くなります。
それが良く思えば良くなります。
人と同様に、自分の気持も良くなりますから、人を思うというのは素晴らしいことだと思っています。
人にこのようなことを話していたのでは何にもならないと感じられたのです。

◯◯子様があなた様のことを供養されたら、どう思われると思いますか?

それではあの方がじきじきに私を供養してくださるのですか。

それもできることだろうと思います。

それができれば、私はとてもうれしくなるだろうと思います。
あの方が私を思い出してくれたらうれしいからです。

霊としての気持をストレートによく話してくださって、今読み返しても胸がきゅっとなります。(こんなに詳しく話してくれる霊は、あまりいません)

この方は、ご自分が「霊界の下層部にいます」ということがわかっていますから、不成仏霊の中では自覚が進んでいるように思いました。

※ 霊界の構造については、「霊界の構造とオーラ」カテゴリーをお読みください。

会話がつづきます。