カルマがまだ重い人とほとんどなくなった人の違い

20160620

公園で咲いていた、ネムノキです。

前回まで6回連続で紹介致しました「[魂の叡智]日月神示完全ガイド&ナビゲーション」で書いてありましたが、日月神示(ひつきしんじ)は、地球はこれから立替え立直しで半霊半物質に変化するから、身魂を磨いておくようにというのが中心的な内容です。

また身魂磨きの最初は、カルマ浄化となっていました。

「メグリと申すのは、自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。
メグリは自分でつくるのであるぞ。
他を恨んではならん」(日月神示)

「この神のもとへ来て信心さえしていたらよいことある様に思うているが、大間違いざぞ。
この方のもとへ参りて先ず借銭なしに借銭払いして下されよ。
苦しいこと出来てくるのがご神徳ぞ。
この方のもとへ来て悪くなったと言う人民遠慮いらん。
帰りてくれよ。
そんな軽い信心は信心でないぞ。
結構な苦しみが判らん臣民一人も要らんのぞ。
シカと褌締めてついて御座れよ。
この方悪神とも見えると申してあろうがな」(日月神示)

私はカルマ浄化の祈りを指導させていただいています。

私がカルマ浄化の祈りを始めた頃にちょうど、中矢伸一さんの「日月神示」が発売されて、次々と出版された続編も読んでいましたから、私にとっては中矢さんのシリーズはカルマ浄化の祈りの解説書という感覚でした。

それで今までずっと、カルマ浄化の祈りは立替え立直しの準備のつもりでお伝えしています。

カルマ浄化ができてくるとどうなるかというと、当然良くないことが減って良いことが増えてきます。

それで何だか平和になってきたなあと皆さんが思われますが、今どの位カルマ浄化が進んでいるのかがよくわかることがあります。

今起こしたカルマが、どの位の時間をおいて返ってくるかを見ると、カルマがまだ重いのかほとんどなくなったのかがわかります。

トラブル続きの人は、そのカルマの原因が前世にあったり今生でもかなり以前にあったりします。

それで何が根本原因なのかがよくわかりません。

でもカルマが軽くなってくると、何かトラブルが起こった時に、この原因は少し前に自分が作ったものだとわかるようになってきます。

あの時にあんなことをしたなあ、あんなことを考えたなあと思い出します。

きっとあの結果が、今出てきたんだとわかります。

カルマ浄化をぐんぐん進めて行くと、原因から結果までがどんどん早くなります。

ほぼ完全にカルマ浄化ができてカルマがない状態になると、次の瞬間に結果が来ます。

ふと何かネガティブなことを考えると、次の瞬間には切ったりぶつけたりして怪我や痛い思いをしています。

ここまでになると、いろんなことがカルマだったんだなあと心底納得できます。

カルマ浄化ができてしまってから、カルマが本当に存在することがありありと理解できます。

科学で証明できないことでも心で感じることに従うことができるかどうかも、ひとつの課題なのだと思います。

誰かが証明してくれるまで信じないというのは、愛されたがりサービスされたがりで、他者に依存して自分で自分を愛さない自立していない生き方なので、カルマ浄化を進めて行くスタート地点にも立てないのだと思います。

何かネガティブなことを考えたら、次の瞬間には切ったりぶつけたりして怪我や痛い思いをするのがいつものことなら、カルマはもうほとんどない人だと思います。

でもそうでなければ、まだあります。

少し前にやったことの結果が来ているとわかるようでしたら、カルマは軽いと思います。

でもそんな感じが全然ないようでしたら、カルマは重い状態だと思います。