思いやりは程々に

20160213-2

公園の池の、カモさんです。

思いやりを大切にだとか、人を思いやりましょうとよく聞くことですが、それで大丈夫なのかなと思います。

思いやりを表して喜ぶのは、誰でしょう。

相手の人ですね。

そうすると、関係が良くなるのでいいことですね。

思いやりを表わす方の自分はどうでしょう。

何もありませんね。

思いやりというのは自分と他者が別だという前提の上に成り立っているので、サービスされた方はうれしいですが、サービスした方は少し寂しさが残ると思います。

相手に距離を感じているからです。

相手に距離を感じなければ、思いやりということが成り立たないからです。

でもサービスされた方はいい気持ですし、相手がいい気持でいるということはサービスした方も喜んで良かったと思えるでしょうし、これで人間関係が円滑になったから良かったと思うでしょう。

最初からそれが目的で、サービスするかもしれません。

他を何でも自分の一部とみていて、あなたは私の一部と感じているなら、そもそも思いやりなど考えもしなくていいのです。

自分としてはその方が、自分と他者の分離がないので、心が温かくて幸せです。

サービスしてあげた相手の反応を見て喜ぶような、間接的なことも必要がありません。

でも、そうなるには難しいと思うかもしれませんが、それ程でもないんです。

おばちゃん達が、やっているのを見かけませんか?

親切なおばちゃんは、思いやろうと思って思いやってくれているのではないと思います。

公共の場所をそうじしているおばちゃんを捕まえて、どうしてそんなことをしてるのと聞いてみたら、きっと汚れてるからだと言うと思います。

これが、世界を自分だと思っている状態です。

このおばちゃんにとっては、世界が全部自分で、あの人もこの人もあなたも自分の一部なんでしょう。

この感覚の元になっているのは、母性だと思います。

子供を産んだ人ならわかると思いますが、母親にとって子供は他者ではありませんね。

体は別々になっているけれども、自分の一部です。

これがそのまま延長されて、世界は自分、他の人は全部自分の一部という感覚になっていくのだと思います。

あなたのお母さんだって、家の中のことを何から何までせっせとやっていたと思います。

それは家族を思いやってというよりは、ただやる必要があるからだったと思います。

それを死ぬまでやり続けているうちに、無我の境地というほどではなくても、知らず知らずに世界との一体感に近づいて行くように思います。

よくみんなつながっていると言いますが、それは分離した人が手をつないでいるようなイメージではないかと思います。

それは分離が前提なので、思いやりと同じで、悟りの後の一体感とは違っています。

でも、母性は悟りの後の一体感と同じです。

子供を持つ女性は、小さく悟っていると思います。

その感覚が、世界に広がるのが悟りです。

「世界は自分」と言うとイメージしにくいかもしれませんから、親切なおばちゃんみたいになるといいんだと思っているといいと思います。

思いやりは悪いことではありませんし、分離された人同士の関係を円滑にしてくれると思いますから、思いやった方がいいと思います。

でも世界は自分、みんな自分の一部という感覚があれば、何もしないでも思いやりになっています。

ただ世界は自分、みんな自分の一部という感覚が行き過ぎると、相手を尊重するのをつい忘れてしまったりしますから、そういう時には思いやりを意識して、自分と相手を快適なところに分離するといいと思います。

思いやりは分離が前提になっているもので、分離する力も持っていることがわかったでしょうか。

今の時代は何かと分離しすぎているので、思いやり思いやりと言って分離を促進するよりは、自分の本当の気持に従うところからスタートして自分の心やハイアーセルフを追求して行く方が、世界は自分だと感じるようになれて自分も人も幸せになれると思います。

※ 自分の本当の気持に従って自分の心やハイアーセルフを追求して行く方法は、「心の進歩成長」カテゴリーをお読みください

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