善悪にこだわらないと、楽になる

20160105-2

公園で、万両の実がなっていました。

子供のころには、やっていいことといけないことを教わりました。

物事には善悪があるから、いつも善であるように努力して悪を排除するように求められました。

それを信じて、一生懸命に何が善くて何が悪いのかを考えて、善であるようにしました。

そうすると、大人にほめられました。

そうやって生きてきましたが、何かおかしくなってこんがらがったりつまずいたりしている人が、私に相談されます。

自分は善いこと正しいことをしているのに、そうではない人がいる。

あの人が悪い、周囲が悪い。

これが人ではなくて社会だと、戦争になります。

善であろうとしてきたのに、結果は悪になってしまいます。

ということは、善であろうとして悪を排除するのが善くなかったのだと気づきましょう。

あちらからすればそれが善で、ただ視点が違っていただけなのでした。

自分の視野が狭かったということです。

善悪にこだわり悪を憎むのが、黄色の波動です。

善いことをして悪を排除することで成長したり発展したりすることができましたから、それなりに役に立つ価値観でした。

黄色の波動は今現在の社会の理想像で、社会的に活躍したり成功したりしている人たちのオーラの色です。

社会的に活躍したり成功したりするためには、とても有益な価値観でした。

※ オーラの色については、「霊界の構造とオーラ」カテゴリーをお読みください。

でもそれが肥大すると、立場や視点の違う人とは衝突してしまうようになります。

そうなったら、今までの善悪にこだわる価値観ではこれ以上の発展はないのだなと気づくべきだと思います。

今の世の中は、そういうところに来ています。

善を通して悪を排除しようとすると、人は衝突してしまう。

それでどうしたらいいのだろうと考えた人は、だんだんと善悪にこだわらずみんな愛そうとするようになります。

善か悪か以前に、人は誰でも尊重すべき愛すべき存在なのだから、善悪よりも愛と尊重を選んで、善悪は保留にするか追求しないことにするか捨ててしまいます。

そうなると、その人はグリーンのオーラになっています。

グリーン以上のオーラの人が、アセンションします。

善悪にこだわらなくなると、憎しみがやわらいで楽になります。

悪を排除しないことにしたら、悪を善にする方法を一生懸命に考えるようになります。

そのためには、歩み寄りや理解や話し合いや協力が必要になってきます。

歩み寄りや理解や話し合いや協力ができてみると、悪が存在していたのではなくて、歩み寄りや理解や話し合いや協力が足りなかったのだと気づきます。

この歩み寄りや理解や話し合いや協力をはじめると、その人は水色のオーラになっています。

悪を排斥していた自分が悪だったとよくわかるようになって、過去の自分が恥ずかしくなります。

憎しみも消えて行きます。

善悪にこだわる生き方でやきもきしている人は、一旦、善悪は保留にするか追求しないことにしてみるといいと思います。

そうするとはじめは物足りないかもしれませんが、慣れてくるとその方が外でも心の中でも問題が起こらなくて快適だと気づくと思います。

それで気持が落ち着いて穏やかに日常を過ごせるようになったら、歩み寄りや理解や話し合いや協力によって悪を善にするように考えてみるといいと思います。