「あのころは時代がそうだった」

20150228

公園で咲いていた梅です。一部の木は満開になってきました。

また川崎で残酷な少年犯罪が起きて、このごろこうしたことが増えていますね。

もっと根本原因を考えて解決していかないといけないのにと思っていたら、早速政府で具体的な方法を考えようとしていることが報道されていました。

やはりだんだんと世の中は良くなって来ているなあと思って、ほっとしました。

こういうことは対策を考えると言っただけでは終わらない、とても重くて時間のかかる内容だと思いますが、そのスタートが切られようとしているのなら本当に良かったと思います。

こういうところからも、物質優先から精神優先に価値観が変化して行くことになるだろうと思います。

私が子供のころの世の中ことを思い出すと、善人はよく馬鹿だと言われていました。

何か問題が起っても、責任者は見て見ぬ振りをするのが普通でした。

物事が取り上げられて改善されるなんていうことはほぼありませんでしたから、何かあってもいつも我慢するように言われて、みんながあきらめていました。

問題が起ることが誰の目にも明らかでも、実際に問題になっても、問題視する人の方をみんなが「神経質」と言って嫌っていました。

偉い人は悪いことをしているのが当り前で、悪いこともできないような人は小心者で頼りないと言われていました。

法律に触れないように悪いことをするのが、普通の人でも当り前でした。

「清濁併せ呑む」というのが大人物というイメージを持たれていました。

今ではもう、とんでもないことですね。

今の60歳代以上位がそんな価値観だったように思いますが、今では「あのころは時代がそうだったから」と言っている人が多いかもしれません。

今、時代の真ん中か後ろの方にいて自分で感じることが苦手な人達は、時代の前の方にいる感受性豊かな人達のことを、やはり以前と同じように「神経質」だと言って嫌がっています。

今までもずっとそうだったのでした。

この事はきっとあと何10年か後には覆されることになって、「あのころは時代がそうだったから」って言うことになるだろうになあと思うことがよくあります。