犬との会話

20150120-12-2

最近、犬と話すようになりまして、1月19日からなので6日経ちました。

犬との会話は、アニマルコミュニケーションとかアニマルヒーリングなどと言われているようです。

「チワワのナッツが行く!」から転載しますね。(もちろん私のブログですよ)

1日目はこんな感じ。

犬と話をする人がいることをテレビで見て知っていましたが、自分ではやってみませんでした。

犬の生態がわからないとうまくできないと思っていたからです。

でも最近はナッツとの信頼関係もできてきた感じがするので、昨日の夜ナッツに波動を合わせてお兄ちゃんのことをどう思ってるのか聞いてみました。

すると・・・「お母さんがお兄ちゃんを悪い人だって言うから」と言われました。

それを聞いて、はっとしまして・・・。

悪い人だと思っているのではなくて、まだ一人前になっていないという感覚でした。

でもそれが、ナッツにとっては悪い人だと思っているように感じていたのだとわかりました。

中略。

そして(ナッツをベンチにのせてナッツの)写真を撮っていると「お母さんはいいなあ」と聞えてきたので「お母さんは何がいいの」と聞いたら、「ベンチは嫌なんだ」と言われました。

私はベンチの隣の芝生に腰をおろして写真を撮っていたのでした。

ベンチから降ろしてあげると「お母さんのそばで遊ぶんだ」と言って、土をほりほりしてなめていました。

2日目。

公園の4メートル幅の道で向うからたぶんヨーキーの小さい子が来ていて、そのまま歩くとばっちりこんにちはになるので立ち止まったら、ナッツは道の反対側へととっと行きました。

あれっ・・・、うまいこと避けられたけどこっちに来たかったのかなと思いました。

小さい子は道の反対側を、ナッツに吠えながら通り過ぎました。

その次に、少し先に大きなちんみたいな子が立ち止まってこっちを見ていました。

私も立ち止まって、ナッツはどうするかなと見ていたらくるっとふり返って別の道に入って行きました。

散歩が終わって車の中で「あのちんみたいな子はどうだったの?」と聞いたらナッツは「あの子は嫌だったんだ」と言いました。

「あの子が嫌と思ってたの?ナッツがあの子を嫌だったの?」と聞いたら「ロープ(綱)を引っ張ったら(引っ張らずに張っているだけですが)、お母さんが嫌だと思ってるんだ」と言いました。

「わかってたの?」

「わかってたんだ」

と話しました。

3日目。

黒いラブちゃんと接近したのでナッツの前に割って出ようかと思っていると、ナッツはくるっと振り返って反対向きに歩きました。

都合が良かったと思ってから後で、ナッツは自分で避けたんだなと思ってびっくりしました。

その後、大きいフレブルの子が前の方でこっちを見て興奮しているのがわかったので、フレブルの子がいる方を私が歩いて道の反対側を行き過ぎようと思っていたら、ナッツは脇道の山道に入りました。

中略。

ナッツをほめると「いい子になるんだ」「お母さんの言うことを聞いたらいい子なんだ」と言うので、何と言ったらいいか困って「いい子じゃなくてもいいけど、ナッツがいい子だととても助かってるよ。ありがとう」と言いましたが、これからどう説明したらいいかもっと考えます。

4日目。

人が座っているベンチに近づきすぎそうになったのでリードを短く持って張ると、くるっとふり返って反対方向に歩きました。

それで「助かったよ」「うれしいよ」「賢かったよ」「良かったよ」「OK!」などどう言うのがいいのかわからなくていろいろ言いました。

「いい子」とほめるのは条件付きの愛を差し出す脅迫になっていて、犬に恐怖を感じさせているように思うので、他の言葉を模索しています。

これは人間の子供に対しても同じだと思います。

「いい子」と言うと「悪い子は愛さないよ。愛されたいならいい子にしなさい」という脅迫になっていると思います。

自分の子供に「いい子」とほめるのが習慣になっていなくて良かったと思いました。

その時々で「ありがとう」「良かった」「うれしいよ」などを使い分けることになるかなあと思いました。

そのうちこの言葉が多いという傾向が決まって来ると思います。

車の中でナッツをひざに乗せて話しました。

「ナッツははじめからいい子なんだよ。

だからいい子になろうと思わなくていいんだよ。

誰でもみんないい子で、悪い子なんてどこにもいないんだよ。

吠えるのはその子にとっていいことだからだよ。」

するとナッツは「そうなんだ」と言って、呼吸が深くなって大きな音を立てました。

犬のナッツと話すようになって4日目ですが、ナッツがいろいろと変化している感じがします。

犬や人をこんなに上手に避けるようになったのは2日目のことが初めてで、それから4匹と1人連続で自分からふり返って反対向きに歩いたり他の道に入ったりして成功しています。

今まで必ず少し嫌がる素振りを見せていた、歯磨き、ハーネスの装着、耳のそうじを嫌がらなくなりました。

会話ができるようになったことでナッツにとって安心と信頼が強くなったのは確かでしょうが、今までも同じ気持で接して来ていたのに何が違うのかなあと思いました。

心の通じ合いが不十分だったのか・・・。

もしかして動物は、人間って全然テレパシーができないんだなあと呆れて壁を感じているのかもしれません。

犬が人間の言葉を話せるのかということについては、チャネリングとしくみは同じです。

霊も人間の言葉は話しませんが、日本語で会話することができています。

人の潜在意識には相手の想念を自分の理解できる言葉に自動翻訳する能力があって、何ともなく翻訳してくれます。

私にとってナッツは、想念での会話を証明してくれる存在になりました。

今までずっと霊界の神仏や霊と会話して来ましたが、見えない存在だというのはやはり少しストレスだったのだと思います。

心のつながりはちゃんと感じるのですが、本当にそうなのかという確信がどうしても最終的なところでは持てないので、常に1パーセントの疑いを持っていなくてはいけない感じが微妙なストレスでした。

それがナッツは今目の前でベンチに座っていながら「ベンチは嫌なんだ」と言ったり、「お母さんのそばで遊ぶんだ」と言いながら土を掘ってなめたりして、その言葉がまぎれもなくナッツの言葉なんだということをこの世の法則の中で証明してくれました。

毎日のようにいろんな言葉と行動で、ずっと証明し続けてくれています。

このことが、私にとってはナッツがプレゼントしてくれた救いになりました。

他の人にとっての証明になるかどうかはわかりませんが、私にとってはこれで十分です。

今まで話して来た神仏や霊との会話も信頼していいんだと安心しました。

とても幸せです。

写真は、我が家の末っ子でアイドルのナッツです。