聖地の取り合い

20141202

イスラエルの歴史についてさらっと読んでみました。

須佐之男命とのチャネリングです。

【私】ウィキペディアなどでイスラエルの歴史についてさらっと読んでみましたが、もうぐちゃぐちゃでした。
ユダヤ、イスラム、キリストの3つの宗教の聖地なので取り合いをしているということのようでした。

【須佐之男命】それであろうの。
大変であろう。

そうですねえ。
この世は物質でできていますから、場所がとても大事になってしまうのだと思います。
(霊界には物質がないので、土地の取り合いも物の取り合いもありません。
欲しいものは自分で思えば、目の前に出現します)

それであろうの。

モーゼもアブラハムもイエスも困っているだろうと思います。

それであろうが、伝わらぬのだ。

そうでしょうねえ。
宗教の地獄がそのまま顕現しているのだなあと思います。

それであろうの。
言わねばならぬの。

そうですか。
でもよく知らないので、大したことは言えません。

それであるが、霊界のことは詳しいであろう。

そうですねえ。
神道には教義がなくて、本当にうまくやったなあと思いました。
(神道には教義がありません)

それであろうの。
苦肉の策であることがわかり申したであろう。

そうですねえ。
霊的なことは今の私程度の現代的な知識や精神的な発達や感受性などがなければ、うまく理解できないと思いますから、100年位より前のものはどれもこれもたとえ話でしかないと思います。

それと思うのであろうの。

でもたぶん教義がないという状態には、日本人や黒人のような元々スピリチュアルな感覚を持った内向的な民族でないと耐えられなかったのではないのかなあと思いました。

それであろうと言うのだな。
それもあるかもしれぬが、よう言わねば(意識的に理解しなければ)ならぬという気概がこのようなこととなりたと言おう。

そうなのかもしれません。
あの辺り(西洋)の人たちは外向的で理知的で合理的だから、形にしないと気が済まなかったということかなと思います。
(一般的に、西洋は外向的で合理的、東洋は内向的で非合理的なのが大ざっぱな傾向です)

それもそうであろうの。
仕様がなきことであろうが、この状況を良くせねばならぬと言いて何を為すかと言おう。

さあ・・・、これから何か考えつくかもしれません。

それであると言おう。
そのようになって来るであろうの。

でもよそのことですから、詳しくもないのにあれこれ言えません。

それであると思うのであるの。

はい。

写真は、公園の木々の色づきです。